陸水域の化学成分から環境を明らかにする

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杉山 雅人 教授

人間・環境学研究科 相関環境学専攻自然環境動態論講座
(水圏地球化学)

全国の川を調べる

私の研究テーマは、陸水域における化学成分の動態です。陸水は海水と比べると圧倒的に少なく、河川と湖で得られる淡水は、世界の水の0.01パーセントしかありません。しかし、陸上で暮らす生物にとって淡水は必須です。淡水の変質を明らかにすることは、我々の生存に欠かせない淡水を維持するための基礎資料になります。

私が全国の河川調査を始めたのは、10年ほど前です。これまで約250の河川の調査を行い、資料を集めました。それ以前の資料として1950年代に全国の約230の河川の調査がなされ、日本の平均河川水質がでていましたが、全国的な調査はそれ以降なされていませんでした。この50年で、日本の河川環境は変わりました。ダムができ、周囲が都市化され、農耕地が増えました。全国の河川を調べてきて、分かったことがあります。

ダムができるまでは、水が滞留することなく原水が海まで運ばれていましたが、ダムができて、中途停滞水域ができることによって水質変動が起こっています。水が停滞すると植物プランクトンが発生し、水中に溶けていた元素を体内に取り込みます。植物プランクトンが死ぬとダムの底に沈みます。水に溶けて沿岸域まで届いていた元素が、ダムに滞留し、運ばれなくなってきました。

このことが、沿岸水域の水質を変化させています。ケイソという元素が運ばれなくなって、海の植物プランクトンの種の組成に影響を与えるようになっています。ケイソは植物プランクトンの珪藻の骨格を作っている必須元素です。ケイソがなくなると、珪藻が繁茂しなくなり、珪藻に取り込まれていた窒素やリンが増えて、緑藻、藍藻が増えます。

日本の短い河川で見えてきた変化と比較して、長大な河川の研究もしています。たとえばロシアには、モンゴルに源流を発して、世界の最大、最深、最古の淡水湖であるバイカル湖や、琵琶湖の数倍もあるようなダムをいくつもとおって北極海にぬける、全長5500キロメートルの水系があります。長大な川の中途に、巨大な湖やダム湖という中途停滞水域が複数あることが、河川水質や生態系にどのような影響を与えるかを解明するべく研究をすすめています。

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地球温暖化が進むと、琵琶湖が危機に瀕する

琵琶湖の水は、1月から2月には湖の表層で冷やされ、沈降します。そのぶん下にある水が上に上がってきますので、水の鉛直混合が起こり、酸素が湖の底まで供給されます。4月になって暖かくなれば、湖の上だけ温められます。琵琶湖の平均的な水深は40メートル、一番深いところで100メートルくらいあります。水深20メートルを超えると、風などで水が混合されることはないので、夏になると暖かい水と冷たい水の二層に分かれてしまいます。鉛直混合が起こらないので、深いところには酸素は供給されません。深いところでも酸素を必要として呼吸している生物はいますから、水に溶けた酸素が減少します。しかし自然はよくしたもので、翌年の1月になれば、水が混合して酸素が水底に供給されます。琵琶湖では4月から12月くらいまでは酸素が減少し続けますが、その間を耐え忍んだら、また新しい酸素が来ます。

しかし、地球温暖化が進むと、冬の冷え込みが弱くなり、水の冷却がすすまず、琵琶湖の鉛直混合が起こらなくなります。これまでは1月から3月まで起こっていた鉛直混合が、2月しか起こらなくなるかもしれません。鉛直混合が湖を再生しているということを知っていれば、地球温暖化を防がなければならないことが分かります。実際、2007年には、琵琶湖の鉛直混合が湖の底にまで達しないという危機に瀕したことがありました。幸いにも、3月の中旬以降に寒波が来て、鉛直混合が起こりました。しかしこれから先、地球温暖化が加速したら、このような危機的な状況が頻発するかもしれません。

鉄とマンガンは酸化還元を繰り返して固体になったり溶け出したりしますが、酸素がなくなると鉄やマンガンが水中に溶け出して、水質が悪化します。湖の底のことは我々に関係ないかというと、そうではありません。シジミ、イサザなど酸素呼吸する生物はいなくなります。数年に一回くらいは冷えて鉛直混合がおこるかもれしませんが、そうなると、水底にたまっていた重金属が上のほうに上がってきて、飲料水を悪化させます。ですから、水中の酸素はとても重要ですし、酸素がどのように元素分布の支配をしているかを知ることは大切なのです。

水の化学分析の研究をするようになったのは、自分で作った命題を自分で解くのではなく、神様が与えてくれた命題を解くことに、パズルを解くようなおもしろさを感じたからです。神様とは、自然の摂理ということです。自然の仕組みがうまくできていて、その仕組みに合うような環境ができ、環境に合う生物がいます。環境にうまく適合した生物を見ると、我々が存在するのに工夫されたシステムの成り立ちを知ることができます。そのようなシステムが分かるのは面白いですね。

琵琶湖におけるウランの動態からわかること

2010年からは学生と一緒に琵琶湖におけるウランの濃度変動が季節的にどう変化しているかを調べています。ウランの濃度は、3月にもっとも低く、連続的に上昇して、9月から10月になると下がり、翌年の3月には前の年の3月と同じ濃度になるということが分かりました。このような動態は、ほかの元素では見られませんでした。ウランは電荷が2プラスの陽イオンなのですが、水域化学においては炭酸イオンと結びついて陰イオンになります。

春から夏に向けて、水温が高まったり日射が増えたりすると、植物プランクトンによる光合成が活発化して、水中のpHが上昇し、堆積物から陰イオンであるウランが溶け出してきます。秋から冬にかけては、光合成が減退するので、pHが下がります。下がると、水中に溶け出していたウランが堆積物に吸着します。生物活動が化学環境を変化させ、その変化が元素の動態に影響を与えていることが分かってきました。

この研究をすすめている時に、福島第一原子力発電所の事故が起こりました。私たちの研究結果が役に立つのではないかと考え、これまでの河川調査で得たデータを調べなおしました。すると、地質によってウランの濃度が異なることがわかりました。原子力の施設から燃料のウランが漏れて湖にはいったとすると、ウランが溶け込んで、堆積物のほうに移行します。水を交換することによってウラン汚染が少なくなったとしても、堆積物に溶けているウランが夏になると少しずつ出ていって、汚染は解消されないことになります。今後、ウランが陸水域で地質とどのように関連しているのかを明らかにするつもりです。

(2012年1月 インタビュー 金谷美和)