研究紹介

小林 広英 | 人間環境設計論分野 教授(環境デザイン学、地域建築学)

風土建築の再建プロジェクト、その今日的意義

現代社会における風土建築

市場経済の浸透や価値観の変容は、辺境地集落においてもすでに日常化し、地域固有の在来文化や慣習は徐々に消えつつある。特にその地域の風土に培われた土着性の高い伝統住居(風土建築)は、コンクリートブロックやトタン、セメントスレートの新建材が多用された建物へと急速に変貌している。これまでのアジア、南太平洋、西アフリカ各地におけるフィールド調査からも、1970-80 年代以降自分たちの伝統住居を建設していないと聞くことが多い。風土建築は、集落共同の自力建設を通して建築技術が世代間伝承されるため、技量に長けた集落住民が高齢化し継承機会のないまま消滅する可能性にある。また建築技術だけでなく、自然と共生してきた集落生活そのものが建築空間には内包されており、多くの伝統的な慣習や儀礼の継承にも影響を与えることとなる。失われつつある風土建築の多様な豊かさは一旦途切れるとその再生は難しい。

集落調査で個々に話を聞くと、伝統住居の必要性や重要性を耳にすることは多い。しかしながら、森林保護政策による資材利用の制限や集落周辺での有用資材の減少、決して経済的に豊かでない集落生活における建設労働提供への躊躇、新建材を用いた現代住居への憧憬など、様々な要因によって実現行動には至らない。しかし、このような状況を危惧する集落のキーパーソンとフィールド調査で出会い、対話を重ねる中で人々の総意として結実したとき、風土建築の再建プロジェクトが立ち上がる。これまでベトナム(2008 年、2018 年)、フィジー(2011 年)、タイ(2013 年)、バヌアツ(2017年)で協力・支援しながら様々な課題を乗り越え実施してきた。

風土建築の維持継承

再建プロジェクトの経験から、風土建築は在地資材、伝承技術、共同労働の3 つの要素により建設・維持されてきたとまとめることができる。これらの要素は、集落コミュニティの世代間交流を通じて知識や技術を受け継ぎ、その能力を駆使して森林資源を有効かつ合理的に利用し、豊かな森林の恵みを集落コミュニティが享受する、というような相互に連環した関係にある。また、各要素を地域資源という観点でみた場合、在地資材<地域自然(物的資源)、伝承技術<地域文化(知的資源)、共同労働<地域社会(人的資源)と表現され、全体として地域環境そのものに還元される。これは地域環境の保全により風土建築が成立し、その持続性も担保されることを示す。風土建築を考えることは、建築物だけに止まらず、コミュニティや自然環境、そしてその地域の文化を考えることともつながる。このような風土建築の特質は、時代遅れの過去の産物というより、過度にグローバル化が進んだ現代社会において、「地域アイデンティティ」や「自然との共生」という点で、今後のバランスある地域環境構築に必要不可欠な要素とも捉えることができる。そういった意味で、風土建築の再建プロジェクトは現地や周辺の集落住民だけでなく、私たちの現代の暮らしや住まいにとっても示唆するところは大きい。

西前 出 | 地域資源計画論分野 教授(地域計画学)

地域資源を活かした持続的な発展を目指して

経済発展と共に弱体化する農村

国内外の地域・農村開発に関する研究を、フィールド調査と地理情報システムでの分析を軸として行っています。日本では、農村の過疎高齢化の問題が表面化して既に数十年が経ちます。非常に深刻かつ複雑な背景もあり、効果的な解決法を見つけることは未だに困難です。高度経済成長期にこの地方の疲弊を予測した人はそう多くはいないでしょう。本来は、この時に将来を見据えた方策を考えるべきだったのかもしれません。一方で、東南アジアの途上国の多くの農村では、国自体の経済発展の恩恵もあり、生活水準は上がり、多くの子供たちの笑顔があふれ、幸せそうにみえます。しかし、急速な発展は、日本の高度経済成長を彷彿させる一面があり、私たちは、しっかりと未来を見据えた取り組みを考える必要があります。経済発展は貨幣経済の価値観が農村部にも浸潤してきます。こうした国々の農村では、元々は自給自足的な生活が営まれていましたが、自分たちが食べるものを育てていた場所に換金作物を栽培し始め、そしてより大きな利潤を得るため、単一の作物栽培を集約的に行うこととなります。これらは貨幣を稼ぐポテンシャルを高める一方で、当該作物の市場価格の変化や自然災害に対する脆弱性を高めてしまい、短期間で壊滅的かつ復興不能な被害を与えることがあります。また、農村人口が増えることで、新たな産業が必要となりますが、途上国の多くは都市部の産業が経済をけん引しており、農村の空洞化は人口増の影で着実に進んでいます。

そこに元々あるものを見つめなおす

こうした地域の持続的発展を実現するための一つの方法は、その場所にある「地域資源」を上手に活用することです。これらは、地域の長い歴史を通じて醸成されたもので、その土地の自然や気候との親和性が高く、長くにわたり人々の暮らしを支えてきたものです。しかしながら、経済発展の影で次第に失われていきつつある地域資源は多々あります。具体的には、地域に伝わる祭り、伝統的な作物栽培、焼き畑、などが挙げられます。これらはそれぞれ、エコツーリズム、自給作物の確保、森林の持続的利用、として地域に貢献する可能性を秘めています。地域資源を再考することで地域の底力を上げることができるのです。途上国にも経済発展し豊かになる権利があります。ただ、発展のステージに合わせた適切で持続的な開発を実現していくことが肝要です。地域の人々と話し合いながら実現可能な方策を考えていきたいと思います。

上田 佳代 | 環境健康科学論分野 准教授(環境衛生学)

人の健康、環境、社会の関連性を明らかにする

この半世紀の間に、環境による健康リスクは変化してきました。かつて、私たちにとって最大の関心事は、地域的な汚染源から排出された高濃度の産業汚染物質が、短期間で疾患の発症や既存の不調の悪化を招いたのかどうかということであり、そこから人々は、この両者の関連性を推測するようになりました。現在では、気候変動に伴う熱関連の死亡や、越境大気汚染による呼吸器疾患・心血管疾患の罹患など、環境による健康リスクについて地球規模での対策が必要であることを認識しています。新たに生じる環境による健康問題には、アレルギー疾患に対する低レベル化学物質の健康影響、母体が環境汚染物質にさらされることによる胎児および新生児の発育に対する健康影響の懸念などもあります。さらに、社会経済的地位や医療の進歩といった、個人レベルや社会レベルでの様々な要因も、環境汚染物質の健康影響に変化をもたらしています。

私たちの研究室では、疫学的および実験的アプローチによって、環境汚染物質の健康影響を明らかにしようとしています。たとえば、私が取り組んでいる疫学研究では、「人口集団」における健康と疾患の分布と決定因子に着眼しています。また、実験的アプローチによって、細胞や動物、そして時には人を対象に、環境汚染物質の健康影響やそのメカニズムの解明を目指しています。

私の研究の目標の1 つに、環境汚染物質のリスクが高い人たちを特定することがあります。具体的には、汚染物質に対する特定レベルの曝露によって、より重篤な反応を示しやすい高感受性集団や、高濃度の環境汚染物質にさらされる頻度が他の人よりも高い脆弱性集団が考えられます。一般的に、感受性は生理的変化に関係します。たとえば、発育途中で生体防御システムが未熟な子供の場合、成人以上に環境汚染物質による影響を受けやすいと考えられます。脆弱性は、人の行動や社会的要因に関連しています。日本における高温と熱関連疾患との関連性を調べた研究で、私たちは、健康に対する気温の影響を変えうる要因として、年齢に焦点を絞りました。年齢層別分析の結果、中年男性が、他のいずれの年齢層よりも熱関連疾患のリスクが高いことがわかりました。これは予想外の結果でした。と言いますのも、私たちは、加齢によって生理機能が低下した高齢者の方が、夏の高温から影響を受けやすいという仮説を立てていたからです。この研究結果から推測されるのは、屋外に出ることを避け、空調の効いた室内で過ごす高齢者よりも、屋外で働く時間の長い中年層のほうが、高温の影響を受けやすいということです。特に日本では、2010 年の猛暑をきっかけに始まった高齢者向けの熱中症予防キャンペーンを受けて、熱関連疾患についての認識が向上しています。この結果は、個人の行動や社会的地位によって、環境による健康リスクが大きく変化することを間接的に示すエビデンスの1 つにすぎません。しかし、このことによって私たちは、個人、社会、および環境の関連性に関する知見を得ることができます。

吉野 章 | 環境マーケティング論分野 准教授(農業経済学)

農業における再生水利用の意義と安全性を伝える

地球環境学舎の修士の学生は、必修科目として3 か月以上の長期インターン研修が課せられています。環境マーケティング論分野の学生は、2015 年以来3 年間、毎年1 人ずつ沖縄県糸満市で検討されている「再生水」の農業利用事業への参加を研修課題としてきました。

この再生水は、京都大学工学研究科の田中宏明研究室を中心に開発が進められてきたものです。下水処理水を限外ろ過(UF 膜)と紫外線(UV)消毒で処理することにより、生食用野菜の灌漑にも直接利用できる安全な水を低コストで供給可能にしました。実証地となる沖縄県糸満市の農業は慢性的な水不足に悩まされてきたため、こうした再生水の利用が期待されています。しかも、河川に放流される下水処理水も減らすため自然環境にもやさしいのです。しかしながら、いくら安全な水であっても、それが下水に由来するということで、「再生水を使った野菜が消費者から敬遠されるのでは」という懸念が、事業推進主体の行政や農家にありました。そこで、私たちの研究室に声が掛ったわけです。私たちは、BSE(いわゆる狂牛病)の騒動以来、食品のリスクコミュニケーションを研究テーマのひとつとして扱ってきました。

一般の市民または消費者に対するリスクコミュニケーションは、事業主体側が発するメッセージに対して、みなさんがどう認識し心配されるかを素直に聞くことから始まります。初年度インターン研修生として沖縄県に入った三輪千晴さんは、自身の学部時代に習得した化学系の知識を活かしながら、再生水の意義や安全性を説明するパンフレットやWeb ページを作成しながら、アンケートを実施し、消費者の声を聞きました。その結果、大半の消費者が、拒絶するほどではないが、何となく不安を感じること、そしてその不安が、食中毒ではなく、見落とされているかもしれない有害化学物質や想定外の事故のリスクに対してであることがわかりました。この結果は、病原性大腸菌やウイルスの除去に腐心されてこられた開発に関わる方々に驚かれました。

次年度沖縄に入った由藤聖利香さんは、農家の協力を得てつくられた再生水利用の野菜の実証販売や再生水について紹介するビデオ映像の作成・主演などを行いながらアンケート調査を実施し、沖縄県産野菜の栽培に再生水を利用した場合、実際の販売にどの程度の影響が出るかを、高度な統計分析を駆使して予測しました。その結果、再生水について説明しさえすれば、野菜の販売への影響は気にするほどではないということがわかりました。

しかし、その説明はどうすれば届くのかということで、3 年目のインターン研修生として教育系学部出身の小田実紀さんが沖縄入りしました。小田さんは、広報誌で紹介するだけでなく、糸満市役所のロビーに、再生水の水槽や水耕栽培キットを置き、再生水の説明まで誘導する方法を試行しました。こうした展示の効果は絶大で、近くの人の9 割弱に再生水の存在を気づかせ4 割弱を再生水の説明まで誘導しました。

こうした調査研究を受けて、糸満市の再生水は事業化に移行することになりました。私たちの役割もほぼ終えたことになりますが、理系・文系と様々な分野出身の学生が、異分野の研究者の方や行政、企業の方と協力しながら、また教わりながら、各々の得意分野の知識・能力を活かしてひとつの事業に貢献し、自らの研究を進められるのは地球環境学舎ならではと思います。