里山:身近にある自然の風景を守る

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深町 加津枝 准教授

地球環境学堂 景観生態保全論分野
(環境デザイン論)

研究のきっかけとなった原風景

私は、人と自然の関わりを研究しています。この研究に対する関心のはじまりは、身近なところにある自然の風景です。風景を見ることによって、その地域の文化や自然の状態がわかりますので、風景は総合的な表象であるといえます。伝統的な技術の維持や、生物の多様性など基本的なデータを分析しながら、風景のよさを研究としてまとめ、それを伝えていきたいと考えています。現在の研究フィールドは、京都の丹後地方、京都北山の花背や久多、吉田山、嵐山、木津川市鹿背山などです。私は滋賀県の湖西地域に住んでいまして、地元でも研究を行っています。足元の自然をしっかりと見極めたいという思いで研究を行い、身近な風景をよくするためのNPO活動もしています。

人と自然の関わりを知る手掛かりとして、里山や文化的景観に関心を持っています。私が生まれた所は、田んぼがあって、雑木林があって、小さな川が流れていて、まさに里山と言われる場所でした。小学校のころから遊んでいた場所が、圃場整備で大きく変わってしまったことが、風景について考えるようになったきっかけです。圃場整備とは、農作業がしやすいように、田んぼの形や大きさを整え、用水路の護岸を行うことです。コメの生産効率をよくするために、全国各地ですすめられていました。

自然の地形を生かした風景は、曲線が多いのですが、圃場整備では直線に置き換えられていきます。慣れ親しんだ風景が急速に変化したことに、私はショックをうけました。私の祖父母は農業を行っていたので、農作業の大変さは知っていました。ですから農作業の負担を軽減しつつ、風景を守るための方策があるはずだと考え、研究をすすめたいと思いました。

身近な自然は現在でも失われつつあります。その価値が認められることは少なく、残念ながら、経済優先で開発事業がおこなわれるのは今も変わりません。開発に携わる人々や、開発の対象になる地元の人々に、身近な自然の価値を理解してもらい、その価値を踏まえて事業を計画してもらうために、地道な調査や働きかけが大切です。

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地域計画の中での里山保全

丹後の上背屋は、2009年に「にほんの里100選」に選ばれ、地元に里山保全のためのNPOができるなど、景観保全の理解が進んでいるように見えます。しかし、地元の人のなかには里山の景観を残すことがなぜ大切か分からないという方もいます。

地元の人にとっては当たり前すぎて、風景の価値に気づかないことがあります。私の役割は、客観的なデータを示すことでその大切さを示したり、他の地域や世の中の動きを伝えたりしていくことだと考えています。私が働きかけたことが触媒のようになって、動きとして広がっていくこともあります。異なる視点で地域評価を行っている多様な研究分野を一つの土台に乗せて、地域計画としてまとめることが私の仕事です。

地域で河川事業が計画されるときには、土木や工学の専門家と共同でプロジェクトを行うことになります。そういうとき、私は景観の観点から大事だと思うことを話しながらプロジェクトをすすめています。

たとえば、滋賀県では、田に水を供給するために江戸時代から使われている石組みの水路があり、その水路の補修をする河川事業が計画されました。伝統的な技術をもつ職人を雇わなければならない石組みの水路を維持するよりも、近代的な工事を行うほうが、コストはかかりません。しかし、石組みの水路は、コンクリートで固めた水路に比べて逃げ道があり、生物にとって住みやすい環境であるため、そこに絶滅危惧種が生息していることが分かりました。水路を残すために、NPOを作って意見交換の場をつくりました。石組みの管理に必要な技術やコストが障壁であったことが分かり、造園業者の協力を得ることができて、石組みの水路が残せるようになりました。

里山を保全するための社会実験として、薪ストーブがあります。かつては里山にある木を燃料として使い、山の手入れもしていたのですが、そのような山と人のつながりは切れてしまいました。新たなライフスタイルのなかに山の資源を活用することを組み込もうとするときに、薪ストーブはいい仕掛けになります。実験家庭に薪ストーブをいれて、薪を使う量、電気を使う量、薪を取るために里山に出かけた回数などを定量的に記録し、日々の暮らし方が変わったかどうかを調べています。

歴史的景観の保全

観光地や国立公園などの名勝地の景観の研究も行っています。歴史的に風景がどのように出来たかを明らかにし、歴史的な景観として管理するためには何が大事かを研究します。国立公園のように、自然を中心に景観指定されたところは、生態的なメカニズムを踏まえながら、人がどのように関わるべきかを明らかにします。

風景を維持してきた管理方法を知るために、多岐にわたるデータを用います。景観の変化を空間的に理解するのに地形図を使いますが、地形図がない時代の変化を見るには図絵を参照しますし、現代の変化を知るには聞き取り調査をします。江戸時代にさかのぼって文献を調べることもあります。京都の景勝地として名高い嵐山は、上部の国有林については昭和の初期に行っていた植林や密度管理の記録がありますので、それを参照しました。植生調査をしたり、GISのような空間情報の分析をしたりすることもあります。データを集めるために自分のなかにたくさんの引き出しを用意しておき、それを組み合わせるのが楽しくもあり、大変でもありますね。

(2011年12月 インタビュー 金谷美和、写真 山本賢治)