松下和夫 教授
地球環境学堂 地球環境政策論分野
(地球環境政策論)
3月11日に明らかになった現代社会が抱えるリスク
私の担当は地球環境政策論です。現代社会において人々は様々な制度に沿って行動します。その制度を変えるのが政策です。どのような政策が持続可能な社会を作るのか、その移行過程にはどのような課題があるか、こういったいうことを検討しています。
環境政策は公共政策の一部で、環境に負荷を与える活動に、規制や経済的なインセンティブなど様々な手段を用いて、規制・誘導し、国民や事業者の環境意識の向上を図り、持続可能な社会をつくることが目的です。
去年の3月11日の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故が、環境政策に与えた影響は甚大です。現代の高度な文明の社会の裏には、人々が自らコントロールできないリスク(危険)が存在しています。その最大のものが原発であり、地球温暖化です。 これまでは、専門家や産業界の代表が、何がリスクなのかを決め、国民はそれを受けいれてきましたが、これが実は無責任な体制であることが分かったのです。近代テクノロジーがもたらす問題を市民社会にみえるようにするための民主主義社会のありかたが問われています。リスクに対する新しい管理や意思表示の仕組みを作らなければなりません。情報の公開、利害関係者の意思決定への参加、公論形成の場の設定などが課題です。これが、私の研究の第一点です。
第二点は、低炭素社会の実現のためのしくみづくりです。原発への依存を減らし、一方でCO2(二酸化炭素)をできるだけ出さない社会(低炭素社会)をつくるという課題が私たちに突きつけられています。
低炭素社会を実現するための制度づくり
その際、ドイツの事例が参考になります。ドイツは、福島の原発事故をうけて、原発を2020年までに廃止することを決定しました。一方で、温室効果ガスは1990年と比べ、2020年までに40%、30年までに55%、50年までに80%削減することにしています。その背景には、1990年代頃から段階的に省エネルギーと再生可能エネルギーの拡大を進め、社会の仕組みを変えてきたことがあります。これは、エコロジー的近代化と呼ばれます。
1990年代の日本とドイツのエネルギー構造は、あまり変わりません。当時ドイツでは日本と同じくらい、石炭などの火力発電、原子力への依存が大きく、風力や太陽など自然エネルギー利用もほとんどありませんでした。ドイツは日照も乏しく、風力も弱いという自然状況です。しかし、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度(風力・太陽光など再生可能エネルギー源で発電された電力を一定期間・価格で電力会社に買い取りを義務付ける制度)ができたことによって、急速に再生可能エネルギーが普及しました。政策が企業や社会の活動を変えるのです。
公共交通の整備も低炭素社会の実現に役立ちます。デンマークやオランダでは、路面電車、自転車専用道路、歩道の整備が充実しています。歩行者、自転車、公共交通が、自家用車より優先されるルールが作られています。フランスのストラスブールでは、市の中心部に公共交通を整備し、自動車をできるだけ入れないしくみを作っています。市の外側に大きな駐車場を作り、駐車料金をとる代わりに、その料金で公共交通は乗り放題になっています。我慢ではなく、便利で低コストの手段を選択すると結果的に環境によいというしくみができています。
このような事例は日本でもおこっています。富山市は中心街が空洞化し、自動車依存も高かったのです。そこで富山市は廃線になったJRの路線を復活し路面電車にして、運行回数も増やして都心に人が戻ってくるようにしました。長野県飯田市では、NPOが市民の出資を得、太陽光発電の有限会社を作り、保育所や幼稚園の屋上に太陽光発電を設置しました。出資者には配当金がで、子供たちの環境教育にもなっています。
今年の7月には再生可能エネルギーによる電気の固定価格買い取り制度ができます。飯田市の有限会社では「お日様ゼロ円システム」をつくろうとしています。太陽光発電設備の高価なことが、一般家庭への導入を妨げていました。そこで設備を貸し付け、売電収入で毎月設備費を返済し、8年くらいで返し終わるというシステムを計画しています。地域で電気を作り電気をまわすという、電気の地産地消がはじまっています。地元の工務店なども関わり、雇用を増やすことも期待されます。
国際的な気候変動の枠組み
私は、以前は環境省で国際的な気候変動の枠組みの策定に関わっていました。地球的な環境問題には条約や議定書などの国際間のルールを確立し、それが各国で確実に実施されるような仕組みが必要です。1997年に採択された京都議定書は、地球温暖化に対して国際社会が取り組んだ第1歩でした。問題は、2013年以降の国際枠組みが決まっていなかったことです。去年11月にダーバンでCOP17が開かれ、将来枠組みに関しては、2015年までに法的文書または法的効果を持つ合意に達するとの道筋に合意しました。京都議定書の第2約束期間(2013年以降)については、EUなどの先進国は京都議定書に基づいて目標を設定するということになりましたが、日本はそれに参加しないことを明らかにしました。この結果、日本は自主的に温暖化対策をすると政府は表明しています。国際的な排出削減義務がないと、国内での対策の遅れが心配されます。
昨年8月に再生可能エネルギーによる電力の固定価格買い取り制が成立したのは一歩前進です。しかし、環境税や排出量取引制度の導入の必要性が言われつつも、温暖化対策の法律(温暖化対策基本法)はまだ国会で成立していません。環境省が温暖化対策の必要性を訴えても、法律的、政策的根拠がないと企業や民間はそれに向けて動きません。
ドイツでは、自然エネルギーの買い取り制度のほかに、建物や工場に対する省エネ基準、環境税、排出量取引制度などの政策が牽引力となって、温暖化対策の実績を上げています。産業革命からの気温上昇を2℃以内に抑えるため、先進国は、2050年までにCO2排出量を8割減らすべきだというのが国際的コンセンサスです。各国は排出削減をこれまで以上格段に強化する必要があります。鳩山首相就任時(2009年9月)に、日本は2020年までに25パーセント削減するとし、国際的に評価されました。しかしこの目標が福島原発事故後揺らいでいます。今後数か月の間に国として確固たる環境・エネルギー政策の方向性が求められます。そのために、着実に政策を積み上げ、具体的な移行ロードマップを作り、技術の開発普及策、社会変革の方向の工夫をしていくことが焦眉の課題になっているのです。
足尾銅山の公害問題で闘った田中正造さんの言葉に、「真の文明は、山を壊さず、川を荒らさず、村を破らず、人を殺さざるべし」というものがあります。この言葉は、文明の在り方の正鵠をついています。自然が残され、地域社会が機能しているなかで、人々が絆を大切にし、生命を大切にしながら生きていくことが、持続可能な社会の基本だと思います。
(2012年3月 インタビュー 金谷美和、写真 山本 賢治)