森 晶寿 准教授
地球環境学堂 地球益経済論分野
(環境経済・政策学、持続可能な発展の経済学)
研究の契機:日本の開発援助の途上国の環境への影響
大学院時代の研究テーマは対外援助と環境保全でした。ちょうど、その頃リオ・サミット(国連環境開発会議)が行われ、日本も環境分野での国際貢献を増やすことを国際公約しました。また当時日本や世界銀行が行っていた途上国援助が、現地の環境を破壊していると批判を受けていました。そこで、どのようにすれば途上国援助に伴う環境破壊を止めることができるのか,また途上国に環境保全のための援助をするということが、どれくらい効果があるのかを探求し始めました。
日本は,上下水道の整備や廃棄物処理などの「普遍的」な環境援助だけでなく,日本国内での公害対策経験に基づいた特色のある環境援助—環境センター・アプローチや環境低利融資—も行ってきました.最初に研究として取り組み始めたのは,こうした独自の方法で行ってきた環境援助が、どれだけの効果をあげたのかを明らかにすることでした。そこでタイとインドネシアで環境低利融資プログラムの効果に関する現地調査に着手しました.ところが,その成果を学会で報告したところ、フィリピンは同じプログラムでより成果があがっているというコメントをもらいました。日本が支援を行った同じプログラムであっても、援助相手国によって効果やインパクトは異なっているとの指摘でした。同時に,日本の環境低利融資プログラムへの支援は,インドネシアとタイではあまり環境改善効果をあげることができなかったかもしれないけれど,批判的に検討するのであれば,他の供与国の支援が日本のものと比較して本当に成果をあげているのかも厳しく検討すべきとのコメントもありました.このことが,供与国間比較という研究方法を開拓する契機となりました.
環境援助の背後にある論理と戦略の重要性
実は,この環境低利融資プログラムへの支援は,ドイツも行っていました.しかしその主目的は,金融機関が環境分野を収益源とできるようにする能力を向上させることであり,環境保全は副次的目的でした。
これに対して日本は,企業が環境対策を進める際の費用負担を少なくすることで,確実に環境対策を実施する観点から,環境低利融資プログラム支援を行ったのです.これには、日本の環境対策の歴史が関わっています。大気汚染が深刻化し反対運動が激しくなると,裁判所も被害者の訴えを認めて汚染排出企業に賠償支払を要求する判決を出しました.そこで政府は、企業に燃料転換や排煙脱硫装置の設置を勧めたわけですが,その費用負担の大きさから企業がつぶれることを回避するために、低利融資や租税控除などを行って企業の環境対策に資金支援を行いました.この方法を,環境援助にも適用したわけです。
このため,同じ環境低利融資プログラムへの支援と言いながら,支援の内容も,対象企業も,制度の構築の仕方も,効果の評価内容も異なっていたわけです.ここで,環境援助の背後にある考え方・論理,ないし言説の重要性に気づかされました.
ドイツやデンマークは,エコロジー近代化論の論理・言説をいち早く環境援助に取り入れ,環境保全型技術を市場で普及するための制度・政策を構築するための支援を行って点でも,日本とは異なっていました.
例えば電力分野の大気汚染対策となると,日本では燃料転換と火力発電所への排煙脱硫装置の設置が思い浮かびますし,実際に途上国援助でも深刻な大気汚染を起こしている火力発電所に対して排煙脱硫装置の設置に対する資金支援を行ってきました。しかしこの方法は,装置の設置だけでなく,維持管理・運転にも莫大な費用がかかる上,利益を全く生みません.ですので,火力発電所は,政府が汚染排出防止の観点から厳格にモニタリングしていない限り,適切に稼働させるインセンティブを持ちません.ところが政府は,火力発電所に稼働してもらわないと電力供給を確保できないので,あまり厳格に排出削減を監視しにくい立場にもあります.そうなると,結局,装置をつけても適切に運転されず、環境被害が残り続けることになります.
他方でドイツとデンマークは、風力発電やバイオエネルギーなど再生可能エネルギーのパイロット事業を行うとともに,それを市場で普及するための制度の構築を支援してきました.再生可能エネルギーの導入が進むと、新たに火力発電所を設置する必要が少なくなるので,大気汚染を悪化させることなく電力需要の増加に対応できるようになり、さらに発電所を運営することで利益があがります。したがって、途上国は、ドイツやデンマークのような環境対策をしながら利益があがる方法を、喜んで受け入れるのではないでしょうか。しかも風力発電やバイオエネルギーの機材にはドイツとデンマークは国際競争力を持っていますので,支援が終了した後もドイツとデンマークは途上国の市場で販売を続け,利益を得ることが可能になります。こうした研究を積み重ね,成果をまとめたのが,『環境援助論:持続可能な発展目標実現の論理・戦略・評価』(有斐閣,2009年)でした.
環境保全の資金メカニズム
たとえ個別の環境援助が途上国の環境保全に大きく貢献しているとしても,現状の資金額では,途上国の環境対策,特に気候変動や生物多様性保全などの地球全体に影響を及ぼす問題を含めた環境対策を支援するには全く十分ではありません.途上国援助は、途上国の資金ニーズのうちの数パーセントしか占めていません。しかし,例えば中国の各地で深刻な環境汚染が起こっているとしても,その対策資金の全てを先進国が援助で調達することにはならないでしょうし,物理的にも不可能と行ってもいいでしょう.
そこで政府による環境援助を補うものとして,民間資金が期待されるようになってきました.そして,国外・国内の民間資金を動員する制度の構築が着目されるようになりました.
そのうちの1つが,民営化です.途上国には,上下水道が十分に整備されておらず,あるいは効率的に運営されていないために経営赤字となっており,サービス地域の拡大のための投資が行えない地域がたくさんあります。上下水道は一般的に地方自治体が運営してきましたが,それが非効率で新たな投資を困難にしているのであれば、専門的な能力の高い外国の民間企業に委託したほうがいいとの議論が高まりました。そこで実際に世界各地で民営化や民間委託が行われました.
この結果,経営効率が改善し,サービス地域が拡大した都市もありました.しかしその一方で料金が上昇し,サービスへのアクセスが困難な人々を増やす面もありましたが.
他の1つが,地球環境保全の資金メカニズムです.この中で私が着目したのがクリーン開発メカニズム(CDM)でした.これは,温室効果ガスの排出削減義務を負っている先進国や先進国の企業が,削減費用が相対的に低い途上国で削減のためのプロジェクトを行うことで,自らの削減分を達成したと見なすものです.この資金メカニズムは,途上国にとっても,削減のための資金を得られ,削減量の何割かを獲得して国際市場で売却することで利益が得られ,先進国から削減技術が提供されるので,大きなメリットがあります.また火力発電所の更新に活用できれば,同時に二酸化硫黄の排出も削減できるので,地元だけでなく酸性雨や光化学オキシダントなどの越境大気汚染の削減の便益も期待できるのではないかと考えました.さらに農村地域でのエネルギー供給に活用できれば,エネルギー安全保障に資することになるのではないかとも考えました.
そこで,CDMを活用して中国で火力発電所更新や農村エネルギー自給プロジェクトを推進することの可能性を探究してきました.この成果をまとめたのが,CDM and Sustainable Development in China: Japanese Perspectives(Ueta, K. ed, Hong Kong University Press, 2012年,森も複数の章を執筆)でした.
同時に重要となるのが,途上国が自ら環境保全のための資金調達を行い,あるいは環境に悪影響を及ぼす補助金を削減していくことです.新興国の需要増加等によりエネルギー・資源価格が高騰し,2020年以降の国際的な気候変動枠組みで新興国・途上国も一定の削減を求められるようになることを想定すると,税制や予算を,環境保全を促すようなものへと改革していくことがますます重要になります.この観点から,Environmental Fiscal Mechanism and Reform for Low-Carbon Development: East Asia and Europeの研究を,東アジア及び欧州の研究者と共同で行ってきました.近々研究成果をこのタイトルの書籍として刊行する予定にしています.
東アジアの環境ガバナンス
先進国,あるいは国際社会が環境援助や環境保全の資金メカニズムを拡充したとしても,途上国がその資金を有効に活用して環境保全を推進するインセンティブを十分に持っていなければ,実際に環境が改善されることにはならないでしょう.そこで,環境援助の研究と同時並行で進めてきたのが,被援助国である東アジアでどのような環境政策が導入・強化され,環境政策を執行するための制度や体制がどこまで構築されたのかを明らかにすることでした.
この研究で最初に着目したのが、民主化と分権化の果たした役割でした.これは,韓国と台湾が激しい民主化運動の後に民主化を遂げ,その後民主化運動が環境運動に転じて活発化し,政府が分権型の環境政策を導入し実施する原動力になったという「モデル」が存在するためです。日本は民主化運動と環境運動(ないし公害反対運動)が直接結びついたわけではありませんが,戦後の民主的制度の確立と地方自治体の自治体としての一定の行財政基盤の存在が,中央政府に先駆けて環境汚染・被害の現場に即した対応を可能にしました。ところが東アジアの中には,民主化運動が頓挫して民主的制度が導入されずに環境運動の基盤がなく,あるいは民主化しても環境運動は散発的で国民の関心事とはならず,環境政策を実施するための推進力にはなっていない国もあります.こうした国々に,「東アジア」モデルを当てはめるわけにはいきません.そうなると,何が環境政策の実施・強化の推進力となり得るのでしょうか.地域協力の枠組みなのでしょうか,地球環境ガバナンスなのでしょうか,あるいは他に存在するのでしょうか.この視点から,国内外の研究者と共同で研究を進め,その成果として,Democratization, Decentralization and Environmental Governance in Asia(Kyoto University Press, 2012年)及びEnvironmental Governance Environmental Governance for Sustainable development: An East Asian Perspective(United Nations Press, 2013年)を刊行しました.
同時に、東アジア,具体的には,日本,韓国,台湾,中国、タイ、インドネシア、ベトナムの環境政策とその執行の到達点と課題についても共同で執筆を行い,『東アジアの環境政策』(昭和堂,2012年)を刊行しました.
経済発展方式の転換
環境政策は,基本的に環境が悪化した後に対処療法的に対応するための政策に過ぎません.それがいかに費用効果的でないかは,日本の公害対策経験が実証しています.そこで環境政策を検討する視点として,環境悪化を未然に防止する政策を導入していく必要があるでしょう.
そのための一つのカギになるのが、「環境政策統合(environmental policy integration)」です。この言葉を使うとよく環境税と排出枠取引の併用という「環境政策手段の統合」と誤解されるのですが(笑),そうではありません.環境保全や持続可能な発展の観点から,エネルギー・電力政策や交通政策,農業政策,財政政策,福祉政策などの「非」環境部門の政策を統合するという意味です。つまり,環境悪化の原因となり得る政策や計画を策定する段階で環境の観点を取り入れることで,これらの政策が環境に悪影響を与えないように,あるいは環境保全を促進するように変えていくことです。
具体的な政策手段としては,先に挙げました再生可能エネルギーの固定価格買取制度や,モーダルシフトを促すための自動車に対する対距離課金(road pricing)・駐車料金政策,農業政策における環境直接支払等が挙げられます.『東アジアの経済発展と環境政策』(ミネルヴァ書房,2009年)の中のいくつかの章では,東アジアでどれだけこうした政策手段が導入されてきたのかを検討しました.
ところが,実際にこうした統合的政策手段を導入するのは容易ではありません.少なくとも短期的には,一部の主体—多くの場合,政治的な影響力の大きい主体—にとっては経済的負担が大きくなることが多いからです.日本では民主党への政権交代後に,温室効果ガス排出25%削減目標を国際公約に掲げ,それを達成するために炭素税,排出枠取引,再生可能エネルギーの固定価格買取制度の3つの導入を目指してきました.しかし実際には排出枠取引の導入は断念され,固定価格買取制度も管首相が辞任の条件としたことでようやく成立しました.このように1つの政策手段を導入するために首相が代わっているようでは,国際的影響力を保つことはできませんし,何よりも誰も首相になりたいという人も現れなくなるのではないでしょうか(笑).
そこで重要となるのが,欧州の気候変動政策で見られるように,2050年といった長期の環境目標・削減目標を,合意形成を行った上で設定し,それを技術開発・導入とそれを可能にする政策手段や中期計画を作成・実施していくことです.日本で言えば,社会資本整備計画を利便性や時間短縮の視点のみで決定するのではなく,温室効果ガス排出削減や生態系保全目標の達成の観点を含めて統合的に決定するように変えることが求められます.
このように長期目標を計画的に達成することが重要なのは,経済的・社会的な負担を少なくするためです.中国は,第11次5ヶ年計画(2006-2010年)で単位GDP当たりのエネルギー消費量の20%削減を拘束性の目標に設定しましたが,2009年時点でも15%程度しか削減できていませんでした.そこで,2010年に首相が全国を駆け回り,強制的に停電や工場での生産を調整させることで,何とか目標を達成させました.しかし,こうしたと経済的・社会的に費用の高い方法は中国でも何度も使えるものではありません.まして資本主義・民主主義の社会では,容認されないでしょう.
そこで環境政策統合についての欧州と日本の経験と到達点についての共同研究を進め,その成果を近々出版することを予定しています.実は,経済成長著しく,これからさらにエネルギー・電力・社会資本を整備していくアジアは,環境政策統合による環境保全効果は大きいと期待されています.しかし現在のところ中国・韓国は,「低炭素グリーン成長」「低炭素発展」という名前の下にこれを環境産業の促進と狭く解釈して推進しています.そして太陽光パネルやその原料であるシリコンを国内需要よりもはるかに大量に生産し欧米日に輸出して価格破壊を起こし,欧米の代表的企業を倒産に追いやっています.その結果,欧米からダンピング調査や訴訟を起こされ,中国企業も苦境に陥っています.こうした狭い解釈では,早晩行き詰まることは間違いありません.
この状況を脱するには,中国も韓国も特定の環境産業の促進や,外国市場をあてにした環境産業の促進にとどまらず,経済発展の方向や方式を変えて,真に低炭素グリーン成長・発展を目指していく必要があります。先ほど挙げた環境財政改革や環境政策統合は,このための1つの方法ではあります.しかし,繰り返しになりますが,国内で単独で実施するのは容易ではありません.いかに国際社会が関与していけばよいのでしょうか,中国・韓国での転換を成功例として他の途上国に示すことができるのでしょうか.そしてどのようにすれば日本が経済発展を環境保全型・持続可能な社会の構築に資するように転換し,世界をリードできるようになるのでしょうか.実践的な研究を目指している人間にとって,まだまだ研究を行う内容はたくさん残されていると感じています.
(2012年11月 インタビュー 金谷美和 写真 山本賢治)