環境難民と開発による強制移住

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ジェーン・シンガー 准教授

地球環境学堂 コミュニティ開発論分野
(資源管理とコミュニティ開発論)

自然災害による非自発的移動

私は、環境変化や開発による移民や強制移住について研究し、かつ地球環境学堂において教鞭をとっています。21世紀の特徴は、人々の移動です。移動には、さまざまな理由と種類があり、主に自発的移動と非自発的移動の二つにわけることができます。自発的な移動は移民(migration)と呼ばれ、また、非自発的な移動は強制移住(displacement)と呼ばれます。自発的な移動には、よりよい職業や教育を求めて行われる、国を超えた移民や都市への移住も含まれます。途上国では特に、都市への移住が増加傾向にあります。世界の半分以上の人口が、都市に居住するようになっています。私が関心を持っているのは、非自発的な移動です。自然災害や、しばしば気候変動と結びついた環境変化によって、人々が強制的に移住させられることです。このような人々は、環境難民と呼ばれます。

また、基幹施設の建設や土地の取得など、開発によって強制的に移住させられる人々がいます。水力発電所が建設されると、高地に居住する人々は、移住をせまられます。なぜなら、新しい貯水池ができると、人々が居住していた土地が水没してしまうからです。推定で、年に1500万人もの人々が開発によって移住せざるを得ない状況に陥っているということができます。

私が移民研究を行うようになったのは、大学を卒業して最初に従事した仕事に由来します。最初に勤めた職場は、アメリカ公衆衛生局サンフランシスコ事務所です。そこで私は、ベトナム、ラオス、カンボジアから来たインドシナ難民が定住できるようアメリカ政府が行う仕事の一部を担っていました。そこで私はこのフィールドに関心を持つようになり、開発経済学と開発政治学を学んで修士号を取得し、その後、日本に移住することになりました。私自身が移民となったこともあって、故郷を離れ、異なる文化に適応しようとする人々に関心を持つようになったのです。

強制移住が喚起する倫理的な問題

特に私が関心を持っているのは、強制移住によって喚起される倫理的な問題です。気候変動によって移住させられる環境難民がいったい何人いるのか、正確な数字はいまだに分かっていません。しかしながら私たちは、洪水、砂漠化、森林破壊、土砂崩れ、長期的な干ばつ、南太平洋の島々における海水面の上昇などが、環境難民を引き起こす災害であると認識し始めています。多くの要因が人々を故郷から引き離しているのです。

さらに問題があります。それは、環境難民という言葉の定義がいまだにないことです。難民とは、訴訟や暴力の恐れがあって家を離れた人々を指す、国際的に、かつ法的に定義された用語です。しかし、環境難民は、訴訟や暴力の恐れから家に帰れないわけではありません。環境難民は、生計の手段がないために家に帰れないのです。

法的に認められた難民は、他の国に受け入れてもらって、必要なものを提供される権利を持っています。しかし、環境難民は、いかなる国際的な法律団体によっても認められていないので、法的な権利をまったく持っていません。さらに、これら環境難民は、途上国出身であり、気候変動の責任者ではありません。彼らは、気候変動を引き起こすことになった二酸化炭素排出をしていないのです。二酸化炭素の排出をしたのは、豊かな国々ですよね。したがって、排出を行った先進国が、気候変動によって難民となった人々を受け入れる責任があるのではないでしょうか?

しかし現時点では、先進国には法的な責任はありません。環境難民とは誰であるか、彼らの法律的な権利は何か、国家の義務は何であるか、などがいまだに決められていないからです。ツバルのような国の人々は、将来海面上昇で国を失うかもしれません。そうなると、彼らはどこに行くのでしょうか。誰が彼らを受け入れるのでしょうか。

ベトナムの水力ダム建設で移住させられた人々

現在、中央ベトナムにおいて、水力発電の建設によって移住させられたマイノリティの居住する村を対象にした研究プロジェクトに参加しています。途上国では、ますますエネルギーと電気が必要とされています。ベトナムでは、近年水力ダムを多数建設し、強制移住移させられた人々が貧困にさらされています。政府関係者や研究者の間で、このような人々に対する補償や支援の必要性が認識されるようになっています。

国連開発機構によると、あらゆる人間は等しく利益を得なければなりません。ベトナムのケースでは、産業界、都市域、拡大する中間層など一部の人々が水力発電から得られる電気の利益を受けている一方で、それによって被害を受けている人もいます。これは倫理に反します。開発による強制移住は、環境問題に対して果たすべき私たちの義務とは何か、開発によって得られる利益をどのように分け合うべきかといった、倫理的な問題について考察するきっかけを私たちに与えてくれるのです。

また、私は「高等教育における持続可能な開発のための教育」に関する共同研究に参加しています。2012年前期には、ガノン准教授が中心となって、我々共同研究チームは、持続可能なコミュニティづくりをテーマとしたフィールドワーク・ベースの授業を日本人や留学生の学部学生に提供することができました。後期には、ベトナムのフエ大学においても開講する予定で、準備をすすめています。将来的にはこのコースを、海外の大学でも使ってもらえるような持続可能性について学ぶカリキュラムのモデルを構築したいと考えています。

(2012年10月 インタビュー 金谷美和)