文化継承社会再生への建築的視座

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小林広英 准教授

地球環境学堂 人間環境設計論分野
(人間環境設計論)

地球環境時代の地域文化と人間環境

私は,本学の建築学専攻修士課程を修了後,設計事務所での実務経験を経て2002年地球環境学堂設立と同時に研究活動を開始しました.現在は,変容著しい現代社会における人間環境のあり方について,風土に根ざす地域文化の発展的継承を軸に,「住まい(建築)」や「暮らし(居住)」を仕立て直す作業を試みています.

地球環境の今日的課題にある人間環境を考えたとき,近代以降の拡大成長に価値をおくエネルギー消費社会から,我々の意識改革と低環境負荷社会への転換が求められています.未来を安定なるものにするには,例えばこれまで使われてきた科学技術を環境親和的に再構築することも必要ですが,私が着目するのは近代化の過程で断絶された地域固有の文化がもつ有意な要素をもう一度現代社会に引き合わせ再評価することです.風土に培われた地域固有の文化というのは,周囲の自然環境との合理的応答の術を幾世代の試行錯誤を繰り返しながら獲得するため,本質的に環境親和性の高いものであるからです.これは,地球環境問題が叫ばれる以前の社会に戻るべきだということではありません.科学技術の深化が,現代都市の膨大な人間活動を支える上で今後も必要不可欠であると同様に,グローバル化が進んだ社会において,もう一度ローカリティについて意識するプロセスが必要と考えています.

しかし,地域文化は綿々と受け継がれてきた生活そのものであり,その在来性ゆえに自分たちでは価値を把握しにくいものです.それは,外来の価値観や市場経済の浸透により失われやすいとも言えます.「文化継承社会の再生」というテーマ設定は,このような背景から導出されたもので,ベトナムやフィジーでおこなった伝統木造建築の再建プロジェクトは,その具体的な研究活動のひとつです.これらは,伝統建築の保存活動というよりも,極めて今日的・未来的指向をもつ地域の問題として捉えています.

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文化継承社会再生へのアプローチ

研究活動のコンセプトは,「風土に根ざす設計技術」,または「風土に根ざす人間居住」と表現できます.前者は現代社会の文脈における住まいや暮らしの再構築のため,いわゆる‘環境デザインの思考と方法’を提示すること,後者は自然環境と共生する集落や多様な文化を内包する歴史都市から,‘居住環境適応の知恵と実践’のしくみを解明することです.近年の研究テーマは,①伝統木造建築の再建プロジェクトと在来建築技術,②国産木材を利用した地産地消型木造建築システムの開発と実践,③セルフビルドの竹構造農業用ハウスの試行と普及,④里山環境と茅葺き民家の持続可能性,⑤アジア洪水災害常襲集落の居住リスクと在来知識,⑥ベトナム・フエ歴史的居住区の都市化影響,⑦西アフリカ・サヘルの生活可能境界域における住居環境などが挙げられます.

研究方法は,主にフィールドワーク,ワークショップ,デザインワーク,プロジェクトマネジメントに依ります.風土建築の建設プロセス記録や実測調査,地域資源を活かした提案や設計,快適な居住環境構築のためのしくみづくり,居住環境に関する地域コミュニティへのインタビューなどです.どのような研究対象においても,私自身の中では風土に培われた知恵や技術を,いかに現代社会に適用,応用,援用できるかという点で等価なものでありすべてが創造的活動です.また,地域への敬意から,外部者はどのようにかつどの程度関わるべきか,またどのような研究アプローチが最適であるかなど慎重な姿勢で臨みます.時には積極的にこちらから働きかけることもありますし,時には何もしないと判断することもあります.地域固有と表現されるように各地域は独自の文脈をもつことから,画一的なマニュアル化は難しく,良い事例を個々の成果として積み重ねていくことに努めます.そのような活動の結果が良ければ周囲に受容されていきますし,最終的な価値判断はその地域の人々が決めることだと思っています.

地域資源と風土建築

主研究活動のひとつとして,アジア木造建築文化を対象とした様々なフィールド調査をおこなっています.その活動の主軸に伝統木造建築の再建プロジェクトがあります.フィールド調査で訪れる海外辺境地においても,風土建築の類はすでになくコンクリートや鉄板などの新建材が普及している状況が多く見られます.各地で失われつつある風土建築がもつ豊かさは,一旦途切れるとその再生は難しいように感じます.しかし,丹念に地域の人々と時間を共有し対話を重ねる中で,昔の慣習や伝統技術を残していくべきだというキーパーソンと出会う機会が必ずあります.ベトナム中部山間集落ホンハ村の長老衆や,フィジー適正技術開発センターの方々です.氏達との出会いが地域文化を再評価し継承していこうという再建プロジェクトにつながり,集落の人々が自らの建築文化について考える機会を提供することができました.ベトナム戦争後初めて村に現れた伝統木造建築・グゥールに向けて,村長の「これは我々の家です」という住居の本質を語るメッセージ,またフィジー適正技術開発センター内に建設された伝統木造建築・ブレに対し,センター長の「伝統建築ブレは我々の伝統文化であるが,その時代の社会的要請に応じて変容し適応することが継承につながる」という生きた地域文化のあり様を示すコメントが,発展的継承の可能性とプロジェクトの重要性を感じさせました.

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ベトナム,フィジーでの経験から学んだことは,風土建築の建設・維持・継承には在地資材(地元で採取される建築資材),伝承技術(世代間口承・経験知による技術),共同労働(コミュニティによる共同作業)という三要素が必要で,これらの相互作用により持続可能性をもつということです.また,各要素を地域資源という視点でみた場合,在地資材<地域自然(物的資源),伝承技術<地域文化(知的資源),共同労働<地域社会(人的資源)と表現され,全体として地域環境そのものに還元されます.これは,地域環境の保全により風土建築が成立し,その持続性も担保されることを示します.風土建築を考えることは,建築物だけに止まらず,コミュニティや自然環境,そしてその地域の文化を考えることです.

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竹構造体による農業用ハウスを提案したバンブーグリーンハウスプロジェクトは,このような風土建築の特徴を現代社会の文脈に沿って捉え直したものです.現在,日本の多くの地域で放置竹林が拡大し社会問題となっています.かつて,日常生活でみられた筍採取や建築用資材,農漁業用資材としての循環的利用は低下し,竹林に人の手が入らず里山環境の悪化が進んでいます.これは,里域における人間活動と自然環境との共生バランスが崩れたことに他なりません.このような背景から,現代社会における竹材の用途開拓をもう一度考え,有効利用のきっかけをつくろうとしたのがプロジェクトの始まりでした.

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竹材の特性を活かした構造と,載せる,合わせる,括るという簡易な作業工程は,特別な技能や部材が要らず誰でもつくることができます.これにより,地域の人々が未整備の竹林から間伐竹材を調達し,セルフビルドでハウス建設に取り組めるようにします.継続的な活動は,農作物の栽培推進や里山環境の保全など,地域資源の循環系回復にきっかけをつくるというプロセスです.

竹材店の方,地域住民の方々,農業関係者の方々など様々な分野の人々と協働しながら,これまでに3棟の試行建設をおこない,技術的合理性や普及可能性について検証しました.そのアイデアとデザインは,2009年度グッドデザイン・サスティナブルデザイン賞に選出されました.数多の先端技術製品とともに素朴な竹構造建築が選出されたことは,私たちの暮らしを再考すべき時期に来ていることを意味するように思えます.審査評に,「竹であれ,杉であれ,日本全国において間伐材の利活用は広く検討されているが,なかなか決定的なものは少ない.このビニールハウスの竹の構造体は見た瞬間にまるで過去に存在していたような安心感を与えている.シンプルで美しい構造は単に間伐材利用を越えた必然性を感じる」とあり,まさに風土建築に通ずる可能性を内在していると感じました.これらの試行建築をきっかけに,いくつかの地域でかたちを変えながら自分たちのバンブーグリーンハウス建設が始まっています.海外でもアメリカ,メキシコ,ケニア,インドネシアなど様々な国からコンタクトがありました. また,CSRの取り組みとして里山竹材の循環的利用を企業活動と連動させる施設計画としくみづくりに現在関わっています.  これまでの実践的研究の経験から,草の根レベルでは着実に文化継承社会の再生について関心が高まっているのを感じます.今後も継続的に関連研究に従事しながら,少しでも社会的貢献に資する活動につながればと思います.

現地写真の提供:小林 広英 准教授

( 2012年10月 インタビュー 金谷 美和 写真 山本 賢治)