第28回 極地を 生きる ちから
日 時 : 平成25年11月12日(火)午後6時~8時
場 所 : 嶋臺本陣ギャラリー
ヒマラヤから:「頂(いただき)へ」 竹内 洋岳 氏(プロ登山家)
京大から:「酸素がもたらす生物の進化」 高橋 重成 氏(工学研究科)
ひとこと: 竹内 裕希子 氏(熊本大学)
司 会 : 吉野 章(地球環境学堂)
主 催 : 京都大学 地球環境学堂・学舎・三才学林
協 力 : 嶋 臺(しまだい)
地球上には 標高8,000メートルを超える山が14あります。日本の登山家たちは 、
それら一つ一つに敬意を込めて、神の住む場所「座」と呼ぶのだそうです。今
回の嶋臺塾は、この14座すべてを、酸素補給なしで登頂された、プロ登山家の
竹内洋岳さんと、空気中の酸素濃度の変化への生物の適応を研究しておられる
工学研究科の高橋重成さんをお招きして、極地環境における生物の適応力につ
いて考えました。
標高が高くなると空気が薄くなります。それでも酸素濃度21%というのは変わ
らないのですが、空気が薄くなるので、生物が使える酸素の量は減るのだそう
です。8,000メートルあたりだと、地上で換算してだいたい7%。人間がここに
突然放り出されたら、すぐに気を失い、数分後には死んでしまうのだそうです。
しかし、竹内さんは、そのような環境に何度も挑んでこられました。それは、
徐々に徐々に体を慣らしながら、環境に適応していく過程なのだそうです。標
高5,000メートルを超えると、1,000メートル登っては、頭痛と吐き気と不眠に
苛まれ、一旦戻り、再び登って、さらにその上を目指す。それを繰り返しなが
ら8,000メートルを超えていく。竹内さんの体に特別な特徴はなく、隈なく調べ
たお医者さんも当てがはずれてがっかりするほどだったそうです。竹内さんか
らは、こうした登頂の様子について、秘蔵映像も交えながら、臨場感いっぱい
でお話しいただきました。
高橋さんからは、酸素濃度の変化に生物が適応し、生物の進化とどう関わって
きたかについてお話しいただきました。
地球に生物が誕生してから、地球の酸素の濃度というのは必ずしも一定してい
たわけではなく、大きく変動してきました。地球上に酸素が増えだしてからは、
生物は、ミトコンドリアとの共生によって、生物にとってもともと毒である酸
素をエネルギーに変え、同時に無毒化するというシステムを手に入れました。
逆に、3億年前に地殻変動で95%の生物種が絶滅して、5,000万年におよぶ低酸
素時代には、空気をため込む器官である気嚢を持つ恐竜が誕生し、その子孫で
ある鳥類へとつながります。
酸素濃度の変動は日常でも起こり、たとえば気圧によっても変化します。酸素
濃度が低くなると、応急措置として、心拍数を上げて、血流を増やすというこ
と起こりますが、数日間それが続くと、ヘモグロビンの数が増えたり、腫瘍な
どで体の一部が低酸素状態になると、血管新生といって、血をたくさん巡らせ
るために新しい血管ができたりするのだそうです。高橋さんは、そうした酸素
濃度を感知する体のメカニズムを研究されておられ、低酸素状態における応急
措置にかかわるたんぱく質を調べていくと、そうした機能の獲得は、どうも哺
乳類が胎盤を持つようになった時期と重なるということがわかってきたのだそ
うです。
竹内さんは、人間には通常あらわれていない能力の伸びしろのようなものがあ
り、極限状態にあるとそれが発揮されるのではと言われます。わらわれ地球環
境学にかかわる研究者たちは、気候変動や生物多様性の保全といったものへの
関心の高く、人類は生き残れるのかということが議論されますが、竹内さんや
高橋さんのお話は、これから何万年後、人類はどのような能力を獲得していく
のだろうかという、いつもとは違う話題で、少し嬉しい違和感を感じられる今
回の嶋臺でした。
最期には、竹内さんの妹さんであり、最近まで地球環境学堂におられた竹内裕
希子さんにもご登壇いただき、お兄さまの幼少時代のお話も交えたとりまとめ
をいただくなど、和やかな会となりました。(吉野 章)